「AIに奪われに行ったら全然奪われなかった」——その同じ日、連載を失っていた新人原作者の話

shiritomo | AI・SNS・話題のテック情報メディア by Hashout編集部 @shiritomoAI_jp 2026年5月29日 更新
「AIに奪われに行ったら全然奪われなかった」——その同じ日、連載を失っていた新人原作者の話

「AIが仕事を奪いに来ると言うけれど、全然奪いに来ないのでこっちから奪われに行ってみた」

そんな投稿をXで見かけたのは、5月末のことでした。
投稿したのは漫画『もやしもん』の作者・石川雅之氏。
生成AIに自作の菌キャラクターをデザインさせてみたところ、虫眼鏡の持ち方がおかしかったり、得意なはずの菌キャラクターが崩れていたりと、品質がまったく足りなかったとのこと。
「まだお前に、いや貴様なんぞに奪われる気は1ナノも感じない」とユーモアたっぷりに締めていました。

読んで思わず笑いながら、でも少し引っかかりを感じたのです。
「これ、キャリアのある人だから言える話なのでは?」と。
その感覚が確信に変わったのは、その投稿への返信を目にしたときです。

石川氏の「笑い話」に「私の連載企画は消えました」と応じた新人作家

石川雅之氏の投稿はこちらです。

この投稿にCWSR氏(@CwsrQt)がこう返しました。
「作画担当がChatGPTと画像生成AIで主人公のキャラデザを作成していたことが先月判明し、今月連載企画が消滅した。
既に売れている作家さんには関係のない話だと思います」と。

一文一文が重いです。

CWSR氏は新人の漫画原作者。
作画担当と組んで商業連載を目指していたところ、キャラクターデザイン段階でChatGPT(愛称:チャッピー)と画像生成AIが使われていたことが判明したといいます。
編集部の反応は「最終的に手描きで描き直せばOK」というものでしたが、CWSR氏自身は「キャラクターデザイン段階でAIを利用していたこと自体が受け入れられない」と、自ら企画から降りることを選んだと説明しています。

AIが提案したのは「合気道なのに蹴り用の硬い板入りの靴」

この騒動で特に印象的だったのが、AI生成のキャラクター案に含まれていた具体的なミスです。
作品の主人公は合気道の選手なのに、提案されたデザインには蹴り用の硬い板入りの靴が描かれていました。
合気道は素足や道着で行う武道。
作画担当者がその基本知識を持っていたなら、こんな提案は出てこないはずです。

「AIが作ったキャラクター案は、競技の基本すら知らなかった」——この一点が、CWSR氏の不信感を決定的なものにしたように見えます。

coki.jpの解説記事によると、問題の本質は「使う・使わない」の議論だけでなく、「いつ・どこまで使うかの事前合意がなかったこと」にあると分析されています。
実際、AI生成画像が既存の漫画キャラクターに似ていた場合、連載後に発覚すれば著作権上のリスクは原作者側にも及ぶ可能性があります。
作画担当が事前に「AI使います」と一言あれば、キャラデザの方法論から見直す選択肢もあったでしょう。
それが最後まで言われなかったことが、信頼関係を根本から揺るがした。

「笑える話」になれる人と、なれない人

石川雅之氏の投稿が「ユーモアのある話」として成立するのは、氏がすでにキャリアを積んだ作家だからこそです。
確立したスタイルがあり、ファンベースがあり、編集部との信頼関係がある。
だからAIの出力を「まだまだ」と笑う余裕が生まれる。

一方、新人作家はそのどれも持っていません。
連載の可否はキャラクターデザインの段階から始まり、共同制作者との信頼関係がすべてです。
そこに「実はAIを使っていました」という事実が後から出てくれば、作品への評価より先に関係性の崩壊が起きます。

Xではこの件について「AIを使うこと自体が問題なのか」「使い方の問題では」という議論が続いていますが、私が気になったのは別のことです。
「キャリアのある人のAI論と、これからキャリアを作ろうとしている人のAI論が、まるで違う問題を語っている」という構造です。
どちらが正しいかではなく、同じ「生成AI」という言葉が、立場によってまったく別の現実を指しているのだということ。

この温度差を埋めるには、現場ごとに「誰がどこまでAIを使えるか」を明文化するしかないのかもしれません。
商業漫画の現場にそのルールが整備されるのは、いつになるのでしょうか。

さらに深掘りしたい方へ

まとめ

「AIに仕事は奪われない」と「AIで連載を失った」——この二つの言葉は、同じ現実をまったく異なる立場から見た結果です。
生成AIを創作現場に持ち込む際に「いつ・どこまで・誰と合意した上で使うか」を事前に決めておくことが、業界全体の喫緊の課題になっています。