同じ質問、3つの答え——教科書出版社に生成AI活用を聞いてみた結果
「教科書の本文をAIに入力して、授業準備に使ってもいいですか」。
現役の小学校教員である川合智宏氏が、この素朴な質問を東京書籍・光村図書・教育出版の3社に投げかけました。
返ってきた答えは、3社とも見事にバラバラでした。
同じ教科書という商品を扱いながら、なぜ会社によって回答が変わるのでしょうか。
その背景には、生成AI時代にまだ追いついていない著作権のグレーゾーンがあります。
Xで広がった「先生たちの本音」
川合氏の投稿は、日々の授業準備に生成AIを取り入れたいと考える教員たちの間で共感を呼びました。
光村図書と東京書籍は、オプトアウト設定(利用者側で機能を無効にできる仕組み)や一定の条件付きで、教材研究や授業準備での生成AI利用を認めました。
一方で教育出版は、著作権条項の対象外という立場を取り、利用の許可を出しませんでした。

同じ「教科書をAIに読み込ませたい」という要望に対して、3社の対応が真っ二つに分かれたという事実そのものが、多くの教員の関心を集めた形です。
SNS上では、他の出版社に問い合わせた結果を共有する動きも見られ、数研出版の担当者からは「学習機能をオフにした上での教材研究や授業準備なら問題ない」という趣旨の回答があったという報告も上がっています。
調べてみると、法律はまだ「授業中」しか守っていなかった
なぜ出版社によって回答が割れるのか。
その根っこにあるのは、著作権法第35条という規定です。
この条文は、学校などの教育機関において、授業の過程で使う範囲であれば、教員や児童生徒が著作権者の許諾なしに著作物を複製・利用できると定めています。
生成AIを使って作った教材が、既存の著作物と似た内容になったとしても、授業目的の範囲内であれば著作権侵害には当たらないという整理です。
問題は「授業目的の範囲」がどこまでを指すのかです。
文部科学省のガイドラインでは、学校のホームページへの掲載や、保護者向けの学級通信、PTA活動での利用など、授業目的を超える使い方については第35条の対象外になり、他に権利制限規定がなければ著作権侵害になり得ると注記されています。
さらに文化庁の著作権法解釈では、複製の定義に「キーボードなどを用いて著作物を入力したファイルをパソコンやスマホへ転送すること」も含まれるとされています。
つまり教科書の文章をAIチャットに打ち込む行為自体が、法律上は「複製」に当たる可能性があるということです。

教員が善意で行う教材研究であっても、入力した内容がAIサービス側のデータとしてどう扱われるかまでは、著作権法第35条は想定していません。
ここに、出版社ごとの判断が分かれる余地が生まれています。
実教出版のように「教科書には複数の権利者の著作物が含まれており、全社から許諾を得るのは実質的に不可能」として、利用そのものを認めない出版社があるのもそのためです。
こうした状況に対し、東京書籍は独自の一歩を踏み出しています。
2025年9月に文部科学省の「教育特化型生成AI実証研究事業」に採択され、教科書データを生成AIが安全に扱える形式へ自ら再構築する取り組みを始めました。
出版社側がルールを待つのではなく、自社データの使い方を自ら設計しにいく動きだと言えます。
さらに深掘りしたい方へ
- 出版社ごとの対応の違いを詳しくまとめた記事: 「その教科書,AIに貼っていいの?実は会社によって答えが違います」(note)
- 文化庁「AIと著作権について」: 文化庁公式サイト
- 東京書籍の生成AI教材サービス: 教科書AIワカル公式サイト
SocialReport編集部の考察
この一件は、企業が生成AI時代の利用ルールをどう発信するかという観点でも示唆に富んでいます。
同じ質問に対して3社が異なる回答を出したという事実は、SNS上では「どの出版社が生成AIに前向きか」という比較材料としてそのまま拡散しました。
企業の姿勢が数字や声明ではなく、現場の教員による一つの問い合わせ投稿によって可視化されてしまう時代になっているということです。
自社のルールを能動的に説明していない企業ほど、ユーザーの個別の体験談によって評価が決まってしまうリスクを負っていると言えます。
東京書籍のように自らガイドラインを公開し実証事業まで進める姿勢は、問い合わせ対応のばらつきによる評判リスクを減らす効果もありそうです。
生成AIとの向き合い方を明文化していない企業は、今後同じような「利用者からの直撃質問」がSNS上で可視化されるたびに、後手の対応を迫られる可能性があります。
まとめ
同じ教科書という商品を扱う3社が、生成AI活用について3通りの答えを出した今回の一件は、法律の整備がまだ追いついていない過渡期の姿を映し出しています。
現場の教員が安心して生成AIを使えるようになるには、著作権法の解釈整理だけでなく、出版社側からの明確な発信が欠かせないのではないでしょうか。