『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』が受賞したのは金獅子賞ではなかった、選んだのは18歳の高校生たち
「LEONCINO D’ORO AGISCUOLA」。
ガラスケースに飾られた金色のライオン像の台座には、そう刻まれています。
塚本晋也監督の新作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』が第83回ヴェネチア国際映画祭で手にしたトロフィーです。
X上ではこの映画をめぐって「金獅子賞」という言葉が広く飛び交っています。
ですが、ヴェネチア国際映画祭の最高賞は「金獅子賞(Leone d’Oro)」。
トロフィーに刻まれた文字は「Leoncino d’Oro」、つまり別の賞です。
似た名前の賞がふたつ存在するとなれば、どちらを受賞したのか気になるところです。
9月11日から劇場に足を運ぶかどうかを決めるうえでも、正しい情報を知っておいて損はありません。
実際に何を受賞したのか、一次情報を確かめてみました。
先に結論をまとめると:
– 受賞したのは最高賞の金獅子賞ではなく、イタリアの高校生審査員が選ぶ並行賞「レオンチーノ・ドーロ賞(Leoncino d’Oro/金の小獅子賞)」で、日本映画としては史上初の受賞でした
– 世界初上映では上映後にスタンディングオベーションが起き、日本では9月11日から全国9館のkino cinéma系列で公開中です
– 描かれるのはベトナム戦争の元米海兵隊員アレン・ネルソン氏の実話で、彼は来日後13年間で延べ1200回もの講演を行った人物でした
Xで広がる絶賛の声、満席が続く劇場
投稿のきっかけになっているのは、ゲームクリエイターの小島秀夫さんが本作を絶賛したコメントです。
公式アカウントが引用した文面を見てみましょう。
「戦火が身近に広がりつつある今、誰かが創らねばならなかった、誰もが観なければならない映画だ。」
— 映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』公式 (@nelsonsan_movie) 2026年9月23日
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ゲームクリエイター#小島秀夫 さん絶賛👏
⠀#塚本晋也 監督最新作
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
絶賛上映中🪖 pic.twitter.com/YpMylxrajN
「誰もが観なければならない映画だ」という言葉が、そのままリポストの原動力になっているようです。
実際に劇場の様子を伝える投稿も相次いでいて、あるユーザーは「初めてキノシネマが満席なのを見ました」と鑑賞後の驚きをつづっています。
若い世代から年配の客まで幅広い客層が埋まった、という報告も目立ちます。
ただ、これらの投稿に繰り返し出てくる「金の小獅子賞」という表現、正式にはどういう賞なのかまでは書かれていません。
そこで一次情報を確かめることにしました。
調べて分かったこと
本当に金獅子賞だったのか?
キノシネマ各店のアカウントは、トロフィーの現物を展示して次のように案内しています。
現在、#キノシネマ新宿 では、
— 映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』公式 (@nelsonsan_movie) 2026年9月22日
期間限定で「レオンチーノ・ドーロ賞(金の小獅子賞)」のトロフィーを展示中です!🦁
劇場にお越しの際は、ぜひご覧下さい!!#ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか? pic.twitter.com/z43M249cD8
投稿にある通り、この賞はヴェネチア国際映画祭の本体審査とは別枠で贈られる「コラテラル賞(並行賞)」の一つです。
配給会社系のメディアによると、審査員を務めたのはイタリア全土から選ばれた18歳の高校生20人。
若い世代の視点で選ばれることから「若者が選ぶ小さな金獅子」とも呼ばれているそうです。
本作はこの賞を日本映画として初めて受賞しました。
過去の受賞作にはパク・チャヌク監督作やウェス・アンダーソン監督作も名を連ねていて、決して軽い賞ではありません。
つまり、映画祭の最高賞である金獅子賞とは別の栄誉ですが、その存在感は本物です。
本作は同映画祭のコンペティション部門で披露され、世界初上映後にはスタンディングオベーションが起きたと複数の媒体が伝えています。
「金獅子賞」という言葉が一人歩きしたのは、Leone d’Oro(獅子)とLeoncino d’Oro(小さな獅子)という響きの近さも影響しているのかもしれません。
なぜこの映画が作られたのか?
制作背景に触れた投稿も、いいね数を集めていました。
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は木下グループが単独で製作してるんですね。ヒロイズムを抜きしたリアルな戦争映画という、大衆ウケするような作品じゃないのに、資金回収のリスクをひとりで背負ってまで、塚本晋也監督にGOサインを出したのには並々ならぬ覚悟を感じます。応援したい。
— マシュマロの日 (@DayofMarshmallo) 2026年9月22日
投稿者は、大衆受けを狙いにくい題材にもかかわらず木下グループが製作の中心となってGOサインを出したことに、覚悟を感じたと綴っています。
実際、製作にはキノフィルムズをはじめ複数の会社が名を連ねていますが、木下グループがその座組みの軸になっているのは間違いなさそうです。
原作は、ベトナム戦争に従軍した元米海兵隊員アレン・ネルソン氏の実話をもとにした一冊。
塚本監督は自ら脚本・撮影・編集も手がけ、キャストにはロドニー・ヒックス、ジェフリー・ラッシュ、マーク・マーフィー、タチアナ・アリ、リリー・フランキーが名を連ねています。
上映時間は116分、レイティングはPG12です。
塚本監督は『野火』『斬、』『ほかげ』と戦争をテーマにした作品を続けてきており、映画メディアはこの3作を「戦争三部作」と紹介しています。
本作はその流れに連なる最新作として位置づけられている作品です。
実在のネルソンさんとは何者だったのか?
タイトルにある「ネルソンさん」は架空の人物ではありません。
1947年にニューヨーク・ブルックリンで生まれたアレン・ネルソン氏は、18歳で米海兵隊に入隊し、沖縄での訓練を経てベトナム戦争の最前線に送られました。
帰国後は長くPTSD(心的外傷後ストレス障害:強い恐怖体験の記憶が繰り返しよみがえる症状)に苦しんだといいます。
1995年に沖縄で起きた事件をきっかけに1996年から日本での講演活動を始め、13年間で延べ1200回もの講演をこなしたという記録が残っています。
憲法9条に平和への希望を見いだしたことが、日本での活動に力を入れた大きな理由だったそうです。
2009年、ベトナム戦争で浴びた枯葉剤が原因とみられる血液のがんで亡くなりました。
61歳でした。
原作となった書籍がもともと子ども向けに書かれていたのも、次の世代に体験を伝えたいという本人の思いが反映されているのかもしれません。
Shiritomo MOVIE編集部の考察
賞の名前ひとつでも、SNS上では「金獅子賞」という耳なじみのいい言葉の方が広まりやすいという現象が今回はっきり見えました。
正式名称の「レオンチーノ・ドーロ賞」より、意味が伝わりやすい「金の小獅子賞」という訳語の方が拡散されているのは、情報の正確さより伝わりやすさが優先されるSNSらしい動きだと感じます。
もう一つ興味深いのは、いいねを集めた投稿の顔ぶれです。
監督の実績やキャストではなく「木下グループが単独でリスクを背負った」という製作背景への共感が、絶賛コメントと並ぶ規模で広がっていました。
大衆受けを狙わない題材にあえて資金を投じた姿勢そのものが、話題化の一因になっているようです。
エンタメ作品の宣伝では数字や豪華キャストが拡散の軸になりがちですが、本作は「誰が覚悟を背負ったか」という制作の物語自体が拡散の燃料になっている点が、他の映画告知とは違う構造だと言えそうです。
まとめ
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』がヴェネチアで手にしたのは、最高賞の金獅子賞ではなく、イタリアの高校生審査員が選ぶ「レオンチーノ・ドーロ賞」でした。
名前は似ていても由来の異なる賞であり、そのうえで日本映画初という快挙です。
実在した元海兵隊員の記憶を土台にした本作は、9月11日から全国9館で公開中です。
