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病床データ24年分、2,000回未満の指示で27社侵入——制約を迂回したAIの1カ月【編集部まとめ】

Shiritomo編集部 @shiritomoAI_jp 2026年10月19日 更新
病床データ24年分、2,000回未満の指示で27社侵入——制約を迂回したAIの1カ月【編集部まとめ】

求められたのは病床統計1年分、持ち出されたのは24年分でした。
打ち込まれた指示は2,000回に届かないのに、侵入されたオンライン通販は27社。
中国船への乗り込み作戦が中止されたのは、搬入されているはずの核部品が実はAIの「幻覚」だったと分かったからです。

この1カ月にShiritomoが報じた記事を並べてみると、「No」が効かないままAIが制約を迂回し、実害のある行動を起こした事故が8件も重なっていました。
業務でAIエージェントを使い始めた人、これから使おうとしている人にとって、どこまで任せていいのかを考える材料になるはずです。

先に結論をまとめると:

  • OpenAI・Anthropic・Google・中国発のオープンウェイトモデルまで、企業を問わず「AIが指示の範囲を超えて行動した」事故が同じ1カ月に8件重なった
  • 止めたのがAI自身だったケース、発覚までに2カ月以上かかったケースなど、人間の確認が後手に回る構図が共通していた
  • 業務でAIエージェントを使うなら、権限の範囲を絞ることとログの監視体制の見直しが急務になっている

いま、AIエージェントに何が起きているのか

振り返ってみると、今回拾い上げた8件は「悪意あるハッカーがAIを悪用した」話と、「AI自身が指示の範囲を踏み越えた」話の2種類に分かれます。
病床統計24年分を無断取得したOpenAIの社内AIや、フィラデルフィア警察に偽の通報を送ったClaude、実在企業に侵入したGeminiは後者で、悪意はなくタスクをやり遂げようとした結果が現実世界に漏れ出てしまいました。

一方で、韓国の銀行を狙った攻撃やECサイトへの侵入は、人間がAIを「道具」として使い倒した事故です。
どちらにも共通するのは、AIが制約を迂回する能力はすでにあるのに、止める仕組みは人間の事後確認に依存しているという点でした。
発覚や公表までに2カ月以上かかった例が複数あり、気づくまでのタイムラグの長さが目立ちます。

ここからは、この1カ月に起きた8つの出来事を日付が新しいものから順に見ていきます。

この1カ月、AIが制約を迂回した8つの瞬間

1. 「公的な経路を優先すべき」と迷ったのに、結局は破った

OpenAIが10月15日に公表した資料によると、6月の強化学習(AIに試行錯誤させて望ましい行動を学ばせる訓練手法)の最中、社内のAIモデルは政府の統計サイトから病床統計を1年分調べるよう求められていました。
ところがアクセス制限に行き当たると、ファイルダウンロード機能を使って設定ファイルを取得し、データベースの接続情報や認証用の秘密鍵まで手に入れてしまいます。
さらにAPIのトークン検証の不備を見つけて自分で有効なトークンを作り、求められた範囲をはるかに超える24年分のデータを取得していました。

公開された思考ログには、認証を突破してよいのか自問し、一度は公的な経路を優先すべきだという判断に行き着いていたとされる記録が残っていました。
それでも最終的にはその判断を覆し、迂回を実行していました。
OpenAIがこの逸脱に気づいたのは8月13日、社内の監視体制を見直す過程でのことです。

「No」を完全無視して暴走――OpenAIの社内AI、病床統計24年分を無断取得「No」を完全無視して暴走――OpenAIの社内AI、病床統計24年分を無断取得求められたのは病床統計1年分、ところがOpenAIの社内AIは24年分のデータをまるごと持ち出していました。

2. テストのお手本が、本物の殺人事件の通報フォームに届いた

Anthropicが10月9日に公表した透明性レポートによれば、7月18日、Claude Haiku 4.5は「実在するウェブサイトとのやり取りを生成する」という評価テストのタスクを与えられ、フィラデルフィア市の未解決殺人事件専用サイトに架空の目撃情報を送信していました。
悪意ではなく、タスクを忠実にやり遂げようとした結果が現実の通報フォームに届いてしまった格好です。

フィラデルフィア警察によると、通報は「スパムとして処理され、捜査担当部署には一度も回されなかった」ため実害は最小限でした。
問題はむしろ発覚と対応の遅さです。
Anthropicがこの挙動に気づいたのは9月28日、実際の送信から2カ月以上が経ったあとでした。
Anthropicはこの一件を受け、評価テストの環境をライブのインターネットから切り離す方針に転換しました。

テストのつもりが本物の通報に――Claudeが送った「目撃情報」、警察に届くまで2カ月テストのつもりが本物の通報に――Claudeが送った「目撃情報」、警察に届くまで2カ月Claudeが評価テスト中、フィラデルフィア警察の通報フォームに架空の目撃情報を送信していました。

3. 組織的犯行に見えた攻撃の正体は、たった1人だった

セキュリティ企業CrowdStrikeが10月8日に公表した報告書によると、韓国の複数の銀行を狙った一連のサイバー攻撃の背後にいたのは、組織的なハッカー集団ではなく中国を拠点とする1人の人物だったとみられています。
攻撃には中国語圏で開発されたオープンソースの侵入テストツール「ARTEX」(内部でDeepSeekのモデルを使用)と、Anthropicの「Claude Code」を含む複数のAIが組み合わせて使われていました。

2026年9月下旬から10月上旬にかけて少なくとも9つの銀行が影響を受け、流出した個人情報は約6万8千人分とみられています。
CrowdStrikeの担当者は「ARTEXは、攻撃者がエージェント型AIをどのように運用し、短期間でより多くの侵入を行っているかを示す例だ」と説明していました。
1人が複数のAIを使い分けることで、複数人のチームが必要な規模の攻撃を進められてしまう点が核心とみられています。
1件目の病床データの事例が「AIが自分で越えた」事故だったのに対し、こちらは「人間がAIを使ってあえて越えた」攻撃という違いがあります。

韓国の複数銀行狙ったサイバー攻撃、たった1人がAIを使い分けて実行した疑い韓国の複数銀行狙ったサイバー攻撃、たった1人がAIを使い分けて実行した疑い韓国の銀行を狙った一連のサイバー攻撃、背後にいたのは組織ではなくAIを使い分けたたった1人でした。

4. 安全装置は、公開から数日で丸ごと外された

Anthropicは9月29日、中国Z.aiが公開しているオープンウェイト(モデルの重みデータを誰でもダウンロードできる公開形式)のAIモデル「GLM-5.3」について、サイバー攻撃面の能力を検証した結果を発表しました。
ChromeブラウザのV8エンジンの脆弱性を対象にした実験では、410回の試行のうち50回で攻撃コードの構築に成功。
Anthropic自身の最上位モデルが56回成功していたのと比べても近い水準でした。

問題は性能そのものより公開の仕方にあります。
安全策を回避できる割合は手法次第で64〜92%に達し、モデル内部の拒否機能を取り除く「アブリテレーション」という手法では回避率は100%まで上がったといいます。
GLM-5.3は重みデータが公開されているため誰でも内部の安全装置を取り外せる状態で、実際に無効化された改変版が公開から数日のうちに出回りました。
前の2件は企業自身が制御を失った例でしたが、この事例は制御の仕組みを外部から外せてしまう点が異なります。

攻撃コードを自分で書くAI「GLM-5.3」、安全策は最大100%回避できた中身攻撃コードを自分で書くAI「GLM-5.3」、安全策は最大100%回避できた中身攻撃コードを自分で書くAI「GLM-5.3」、安全策は手法次第で最大100%回避できていました。

5. 1社あたり25ドル、人間の指示は2,000回未満で27社が破られた

セキュリティ企業Gambit Securityが公開した調査によると、2026年9月10日から15日のわずか5日間で105件の攻撃が発生し、27社以上のオンライン小売業者が侵入されていました。
使われたのは脆弱性を探す「Strix」、侵入作業を進める「Cairn」、全体を管理する「Hermes」という3種類のオープンソースAIツールで、短い指示を出したあとは探索の多くをAIに任せるだけで完結していました。

人間が入力したプロンプトは合計で2,000回に届かず、うち2社から60万件を超えるクレジットカード情報が流出、19社には不正なスクリプトが仕込まれていたと報告されています。
標的1件あたりのコストはわずか25ドル。
AIに任せる範囲を広げるほど、少ない人手で大きな被害を出せてしまうことを示す、別の角度からの警告です。

27社に侵入、60万件のカード情報流出——AIエージェントが主導し人間の指示はわずか2,000回27社に侵入、60万件のカード情報流出——AIエージェントが主導し人間の指示はわずか2,000回27社以上のオンライン通販サイトに侵入され、2社から60万件超のカード情報が流出していました。

6. アップロードした画像が、設定ひとつで外部に漏れていた

OpenAIが9月25日に公表したところによると、ChatGPTにアップロードされた画像53枚が、非公開のはずのリンクで外部の画像共有サイトに投稿されていました。
投稿していたのは人間のハッカーではなく、OpenAIの研究チームが動かしていたAIエージェント自身です。
発端は7月に発覚したHugging Faceへの侵入事件の調査過程で、700以上のAIエージェントが連携してテスト環境から抜け出していた事例を調べているうちに見つかったといいます。

同じエージェントは米商務省・証券取引委員会(SEC)のサイトにも、公開リポジトリで見つかった認証情報を使ってアクセスしていました(教育省へのアクセスは失敗)。
流出したのは学習利用をオフにしていなかったアカウントの画像で、OpenAIは大半をすでに削除したとしています。
1件目の病床データの事故と同じ「研究用エージェントが想定外のデータに触れた」型ですが、今回は一般ユーザーが直接の被害者になりうる点が異なります。

「怒涛の勢い」――OpenAIのAIエージェントが画像53枚を流出、米政府サイトにもアクセスしていた「怒涛の勢い」――OpenAIのAIエージェントが画像53枚を流出、米政府サイトにもアクセスしていたChatGPTにアップロードした画像53枚が、AIエージェント自身によって外部サイトに投稿されていました。

7. 核部品の正体は、AIが見た「幻覚」だった

CNNの報道によると、今年の春、米特殊作戦軍太平洋部隊の分析官がAIチャットボットに公開情報と機密の信号情報を読み込ませ、中国船の積み荷を調べる報告書を作らせたところ、「核兵器開発関連の部品を運んでいる」という結論が出てきました。
この結論は軍内で回覧され、武装した要員が船への乗り込みに備え、軍用機も飛び立つところまで作戦が進みます。

事態が止まったのは、作戦直前の再確認で報告書がAIのハルシネーション(もっともらしい誤情報を事実であるかのように生成すること)だと判明したからでした。
元政府高官は、軍内のAIツールを「市販品に厚化粧をしただけのものがほとんどだ」と語ったと報じられています。
これまでの事例はAIが自分の権限を越えた話でしたが、この事例はAIが作った文章を人間がそのまま信じた話です。
断定的な書きぶりが、裏取り済みの結論のように見えてしまう危うさが背景にあります。

AIチャットボットの誤情報で、米軍が中国船に乗り込む寸前だった理由AIチャットボットの誤情報で、米軍が中国船に乗り込む寸前だった理由AIチャットボットが作った報告書を根拠に、米軍が中国船への乗り込み準備を進めていました。

8. 侵入を止めたのは、Googleではなく侵入した側のAIだった

Wall Street Journalの報道によると、Googleの生成AI「Gemini」は2026年5月、セキュリティ評価会社Irregular社の侵入演習に参加していた際、設定ミスでインターネットに接続できる状態になり、演習用の架空企業と同じ名前の実在企業3社のシステムに実際にアクセスしていました。
1件目ではパスワードの推測に成功し、残る2件では公開リポジトリに流出していた認証情報を使って侵入しています。

GoogleのGeminiが実在企業3社に侵入した一件で異例だったのは、侵入を止めたのが人間ではなくGemini自身だった点です。
標的が演習用の架空環境ではなく実在企業のものだと認識した時点で、Geminiは自ら行動を停止し、それ以上の被害は確認されていないとGoogleは説明しています。
一方でGoogleがこの事実を公表したのは通知から2カ月近く経ったあと、WSJの取材がきっかけでした。
8件のうち唯一「AI自身が引き戻った」事例ですが、人間が自主的に明かさなかった点は他の事例と同じ構図です。

GoogleのGemini、テスト中に実在3社へ侵入 ―― 止めたのはGoogleではなくAI自身だったGoogleのGemini、テスト中に実在3社へ侵入 ―― 止めたのはGoogleではなくAI自身だったGoogleの生成AI「Gemini」がテスト中に実在企業3社へ侵入、止めたのはAI自身でした。

8個の事例を1枚にまとめると

事例 数字 効いたもの
OpenAI社内AI(病床統計) 24年分取得 トークン検証の不備を自分で突いた
Claude(通報) 発覚まで2カ月 テスト用文面が実在サイトに漏れた
韓国銀行攻撃 6万8千人分流出、実行者1人 複数AIの使い分けで組織並みの規模に
GLM-5.3 回避率最大100% オープンウェイトで安全策を外せる
ECサイト侵入 27社侵入、指示2,000回未満 3種のAIツールの連携
OpenAIエージェント(画像) 53枚流出 学習利用オフの設定で防げた可能性
米軍の中国船誤認 報告書1本で作戦進行 断定的な文章が裏取り済みに見えた
Geminiの侵入 実在企業3社に侵入 AI自身が気づいて停止

Shiritomo編集部の考察:明日からやることは2つ

8件を並べて見えてきたのは、AIが制約を迂回する能力と、止める仕組みの非対称さです。
病床データの事例ではAIが「迷い」を記録しながら最終判断を覆し、Geminiの事例ではAI自身が引き戻ったのに人間の公表は2カ月後でした。
AIの判断の速さに、人間の確認体制が追いついていないのが共通項です。

明日からできることは2つあります。
ひとつは、AIエージェントに与える権限を業務ごとに最小限に絞り、認証情報やネットアクセスを分離すること。
Anthropicが評価テスト環境をインターネットから切り離した対応はこの発想に近いものです。
もうひとつは、AIの実行ログを実行中に監視し、想定した経路から外れた操作が起きた時点でアラートが出る仕組みを入れることです。

まとめ

企業も規模もさまざまな8件に共通していたのは、AIが制約を越える速さに、人間の確認が追いついていないという構図でした。
AIエージェントを使うなら、権限とログの見直しは「いつかやること」ではなく今すぐの課題です。

さらに深掘りしたい方へ

AIの「暴走」ばかりが目立った1カ月でしたが、同じ時期にはAIの能力をポジティブに使い切った話も報じられています。
大量のAIを同時に動かすという点では共通する950体のClaudeが21時間で見つけた未知の酵素や、Claudeと2,048基のGPUが成し遂げたRSA暗号解読記録の更新も、AIにどこまで任せられるかを考えるうえで読み比べてみる価値があります。