「お前の今日の表情を見せてみろ」——自撮り苦手なら、ぬいぐるみに旅をさせればいい
アイスコーヒーの隣に、耳の垂れた白いぬいぐるみの犬がちょこんと腰掛けている。
テーブルは木目調、奥にはグリーンの壁と額装された絵が見える、どこにでもありそうなカフェの一角です。
この一枚を投稿したのはX(旧Twitter)ユーザーの@inu_ikizamaさんで、「ぬいぐるみに対して、お前の今日の表情を見せてみろ」という気合の入った一言とともに、1,800件を超えるいいねを集めました。
同じころXでは、渋谷綴さんという投稿者が「ぬいぐるみと一緒に旅を」と題した写真を公開し、多くの共感を呼んだと言われています。
城の石垣に座らせたぬいぐるみ、雪山を背にしたショット、温泉宿の一室で撮った一枚——旅先の景色の主役はいつもぬいぐるみで、投稿者自身の顔は写らないとされています。
この「ぬいぐるみを主役にした旅」は「ぬい活」と呼ばれ、Z世代を中心に広がっているようです。
SNS運用やマーケティングに関わる人にとっても他人事ではありません。
ユーザーが自発的に作る投稿(UGC:ユーザー生成コンテンツ)がどう広がり、企業がそれをどう活かせるのかを、実際のデータと投稿から確認していきます。
先に結論をまとめると:
– 「ぬい活」は2017年ごろ推し活コミュニティで生まれた言葉で、2023年後半から急拡大し、2025年には新語・流行語大賞にもノミネートされました
– Z世代の8割以上が「ぬい活」を経験しているという調査結果があり、「顔を出さずに体験を語れる」ことが自撮り代わりとして支持される理由のひとつです
– ぬいぐるみ市場は2024年に約450億円(前年比115.3%)まで拡大しており、企業もこの動きをUGCとして活用し始めています
城の石垣、雪山、温泉——ぬいぐるみが主役になる旅
渋谷綴さんの投稿は、旅先の風景にぬいぐるみを置いて撮った写真の連作だったとされています。
石垣の上、雪の積もった山道、温泉宿の窓辺——場所は変わっても、写真の中心に座っているのはいつも同じぬいぐるみだとされています。
自撮りが苦手な人からは「ぬいが代わりに写ってくれて最高の写真になった」という声が上がっていると紹介されており、日常や旅行の記録がぬいぐるみを挟むことで少し柔らかくなる、という感覚が共感を呼んだようです。
同じ空気感は、旅先に限らず日常のワンシーンにも見られます。
冒頭で紹介した@inu_ikizamaさんの投稿はその一例です。
ぬいぐるみに対して、お前の今日の表情を見せてみろ…!!という意識でぬい活をやっているため、毎日顔違うように見える(撮り方次第) pic.twitter.com/Wk6gd1lF4a
— だいふく (@inu_ikizama) 2026年8月26日
カフェのテーブルに座らせた白いぬいぐるみとアイスコーヒーを並べただけの写真ですが、「毎日顔違うように見える(撮り方次第)」という一言が添えられていて、撮るたびにぬいぐるみの表情を見つけるような楽しみ方をしていることがうかがえます。
ただ、この一枚だけでは「なぜここまで広がっているのか」「本当にZ世代だけの現象なのか」は見えてきません。
ここからは実際に一次情報を確かめていきます。
「ぬい活」はいつから使われている言葉なのか?
「ぬい活」は「ぬいぐるみ活動」の略で、お気に入りのぬいぐるみを外出先に連れて行き、写真を撮ったり(ぬい撮り)、服を着せ替えたりする活動全般を指す言葉です。
ぬいぐるみをバッグに付ける文化自体は1990年代の女子高生の間にも見られましたが、「ぬい」という略称が推し活コミュニティで使われ始めたのは2017年ごろとされています。
2023年後半からSHIBUYA109周辺で若者がぬいぐるみをバッグに付ける動きが徐々に増え、2024年以降に本格的なブームへと発展、2025年には新語・流行語大賞にノミネートされるまでの広がりを見せました。
市場の数字にもこの広がりは表れています。
日本玩具協会のデータをもとにした報道によると、ぬいぐるみ市場は2024年に約450億円規模まで拡大し、前年比115.3%の伸びを記録しました。
推し活市場全体では2019年から2024年の5年間で4倍以上に拡大したとの推計もあり、ぬい活はその中でもとくに存在感を増している分野のひとつと言えそうです。
なぜ自撮りの代わりになるのか?
SHIBUYA109 lab.が15〜24歳の女性507人を対象に行った調査では、8割以上が「ぬい活」の経験者だと回答しています。
楽しみ方の内訳を見ると、「バッグにつける」が59.4%でもっとも多く、「日常的に持ち歩いたり、お出かけしたりする」が39.4%、「モノや景色と一緒に写真撮影する」が37.9%と続きます。
さらに70.3%が「お守りを所持しているような感覚」に当てはまると答え、33.6%は「ぬいを人格化している」とも答えており、単なる持ち物以上の存在として扱われていることが見えてきます。
自撮りが得意でない人にとって、ぬいぐるみを主役に据えることは「自分の顔を出さずに旅や日常の体験を語れる」手段になっていると指摘する報道もあります。
景色の前に自分が立つ代わりにぬいぐるみを置けば、写真の構図としては成立しつつ、顔出しの抵抗感は生まれません。
渋谷綴さんの投稿が共感を集めたとされる背景にも、この「顔を出さずに残せる記録」という感覚があったのではないでしょうか。
実際にXの投稿を見ていくと、「ぬい活」の表現方法は写真だけに留まらないこともわかります。
🚀ぬいでぬい活するルーナちゃん pic.twitter.com/cwXaDOZ5Ft
— ぱぴこ (@p_htn_l) 2026年8月26日
「🚀ぬいでぬい活するルーナちゃん」という投稿に添えられていた画像は、実写の記念写真ではなく、投稿者自身が描いた漫画仕立てのイラストでした。
「ルーナちゃん」というキャラクターのぬいが博物館に出かけ、運転・カメラ係の同行者とともに記念写真を撮る様子が、コマ割りとセリフ付きで表現されています。
この投稿には4,900件を超えるいいねが集まっており、写真ではなく物語として「ぬい活」を描くスタイルも受け入れられていることがうかがえます。
「ぬい撮り」をきれいに撮るコツはあるのか?
ぬい活を続ける人の間では、写真の撮り方についてもいくつかの工夫が共有されているようです。
ぬいぐるみの目線に合わせて低い位置からカメラを構える、背景を建物全体ではなく一部に絞ってシンプルにする、望遠側で撮って背景をぼかし主役のぬいぐるみを際立たせる、自分の手や影が写り込まないように角度を調整する——といった点は、投稿の中でもよく触れられているポイントです。
特別な機材がなくてもスマートフォンで十分再現できる工夫が中心なので、これから始めたい人でも取り入れやすいはずです。
Shiritomo編集部の考察:企業アカウントが「ぬい活」から学べること
企業のSNS運用という視点で見ると、「ぬい活」はUGCの典型的な成功パターンに当てはまります。
ユーザーは誰かに頼まれたわけでもなく、自分のぬいぐるみを主役にした写真や漫画を自発的に作り、それが共感によって広がっています。
生活者は企業発信の情報よりも他ユーザーの体験談を信頼する傾向が強いとされており、ぬい活のような「顔を出さない・気負わない」投稿はハードルが低い分、参加者の裾野も広がりやすい構造を持っています。
企業アカウントがここから学べるのは、キャラクターやマスコットのミニサイズグッズを用意し、ユーザーが自分の生活圏や旅行先に連れ出したくなる余地を残すことです。
今回確認できたように、表現形式は写真だけでなく漫画やイラストにも広がっています。
企業側が「こう投稿してください」と型を決めすぎず、ユーザーが好きな形式で参加できる余白を残すことが、UGCを長く育てる鍵になりそうです。
まとめ
「ぬい活」は一過性の流行ではなく、2017年ごろから続く推し活文化が数年かけて広がってきた結果のようです。
旅先の景色にぬいぐるみを置く渋谷綴さんの投稿も、日常のカフェで表情を探す@inu_ikizamaさんの投稿も、根っこにあるのは「顔を出さずに自分の体験を語りたい」という同じ気持ちなのかもしれません。
さらに深掘りしたい方へ
「ぬい活」という言葉の由来や広がりの経緯については、Wikipediaの「ぬい活」の項目にまとまっています。
Z世代の実態調査の詳細は、SHIBUYA109 lab.の調査レポートで公開されています。
ぬいぐるみ市場の規模については、ダイヤモンド・ビジョナリーの記事で日本玩具協会のデータをもとに紹介されています。
