「当時AIなんてなかったはず」——32年前の漫画に登場したAI少女が、Xで懐かしいAI史論争に火をつけた
「生成AIって最近出てきたものだよね」——そう思っている方は、少し立ち止まってみてください。
今からちょうど32年前、1994年。
週刊少年マガジンに、AIを題材にした漫画が連載をスタートさせていました。
赤松健(現参議院議員・漫画家)のデビュー作「A・Iが止まらない!」です。
主人公の高校生・神戸ひとしが作ったAIプログラムの30番目のモデル「サーティ」が、雷のショックで実体化し、一緒に暮らすことになるという――まさに今の時代でも通じるAI恋愛コメディです。
この作品が最近Xで話題になりました。
「32年前にもう漫画でAIが登場していたのか」という驚きの声に混じって、「いや、AIなんて当時知られてなかったはず」と疑問を呈するコメントも。
その発言が呼び水となり、30〜50代のユーザーを中心に「AIの歴史」をめぐる予想外の盛り上がりが生まれました。

Xで「懐かしいAI」が集結した
投稿には間もなく、懐かしの「AI」エピソードが続々と寄せられました。
「ドラクエIVのクリフトがザラキをボスに連発してイライラした記憶」——これは35年前のゲームの話です。
1990年発売のドラゴンクエストIVは、シリーズで初めてパーティメンバーが自動で動く「AI戦闘システム」を採用しました。
聖職者キャラのクリフトが即死呪文「ザキ」「ザラキ」をボスに延々と使い続けるという”アホAI”ぶりは、当時プレイした人たちの脳裏に深く刻まれています。
「鉄腕アトムも、ドラえもんも、昔からAIキャラだよ」という声も多く見られました。
確かに、手塚治虫が鉄腕アトムを描いたのは1952年。
人間に近い感情を持つロボット(=AI)というテーマは、日本のポップカルチャーに何十年も前から根付いていたわけです。
議論は「AI」という言葉の定義にまで広がりました。
「今の生成AIと昔のAIは別物」というのは正しいが、「AIは最近の発明」というのは明らかに誤解、というのがXでの大まかなコンセンサスでした。
「AI」という言葉自体は70年前から存在した
調べてみると、「人工知能(Artificial Intelligence)」という言葉が初めて使われたのは1956年のダートマス会議でのことです。
コンピューター科学者のジョン・マッカーシーが提唱した概念で、「機械に人間のような知的行動をさせる研究」として定義されました。

その後、AIは何度かブームと冬の時代を繰り返してきました。
- 1980年代: エキスパートシステムブーム(if-thenルールで専門知識を実装)
- 1990年代: ゲームAI・ニューラルネットの基礎研究
- 2012年前後: 深層学習(ディープラーニング)の台頭
- 2022年以降: ChatGPTに代表される生成AIの爆発的普及
赤松健の「A・Iが止まらない!」が描かれた1994年は、ちょうど第二次AIブームが終わり「AIの冬」と言われた低迷期にあたります。
それでも、AIというコンセプト自体は研究者の間で40年近く探求されてきた後のことでした。
「AIは新しくない」が、「生成AIは革命的に新しい」
この議論を振り返って気づくのは、「AI」という単語の持つ意味の広さです。
ドラクエIVのクリフトが使っていた「AI」は、あらかじめ組まれたアルゴリズムに基づいた自動行動でした。
「A・Iが止まらない!」のサーティは、プログラムが実体化した存在というSFの比喩です。
どちらも「人間のような知性を持つ機械」という夢を描いていますが、今のChatGPTやClaudeとは仕組みが根本的に異なります。
現在の生成AI(LLM:大規模言語モデル)は、数兆個のパラメーター(モデルの動作を決める重み値)を持つ巨大なニューラルネットワークが、膨大なテキストデータから「次に来る言葉の確率」を学習することで動いています。
これは1990年代のAIとはアーキテクチャがまったく別物で、できることの次元が違います。
「AIは昔からあった」は事実です。
でも「今の生成AIは過去のAIとは別の何かだ」も同様に事実。
この両方を理解した上で、私たちはこの技術とどう向き合うかを考えていく必要がありそうです。
32年前に赤松健が描いた「画面から飛び出すAI少女」が現実になる日は、もう想像以上に近いところに来ているかもしれません。
さらに深掘りしたい方へ
まとめ
「AI」という概念は70年前から存在し、漫画やゲームの中でずっと人類の夢として描かれてきました。
今の生成AIブームは「AIの誕生」ではなく「AIの質的変容」。
32年前の少年漫画が今Xでバズったのは、そんな長いAI史への素朴な驚きと郷愁が重なった瞬間だったのかもしれません。