「それは科学と呼べるのか」——XのAPI有料化が研究者たちの選挙分析・情報工作追跡を止めている
選挙のたびにX(旧Twitter)を飛び交う偽情報、見えない外国勢力による情報工作、エコーチェンバーで分断される世論——これらを「見える化」してきた研究者たちが今、深刻な壁に直面しています。
壁の正体は、お金です。
イーロン・マスク氏がXを買収して以降、研究者向けに月1,000万件まで無料だったAPI(投稿データを大量取得するためのプログラム接続口)が有料化されました。
現在の料金は1件あたり0.005ドル(約0.8円)。
100万件の投稿データを分析しようとすると約80万円、200万件超では最低でも月800万円がかかる計算です。
「特定のお金を持っている研究室だけがやれるとなると、それは科学と呼べるのか」——偽情報やエコーチェンバーを研究する東京科学大学の笹原和俊教授が朝日新聞の取材で語ったこの言葉が、SNSマーケティングに関わる人間にとっても他人事ではない問題を突きつけています。
選挙分析・情報工作追跡が「凍結」した
笹川平和財団の大澤淳上席フェローは、Xの大規模データを使って外国からの情報工作を追跡してきました。
選挙期間中に特定の候補者を攻撃する怪しい投稿パターン、外国語の定型文を突然日本語に切り替えるアカウント群——こうした「情報工作の痕跡」はデータの量がなければ見えてきません。
しかし今や200万件超の分析に月800万円が必要です。
公的機関でもなければ、とても捻出できる金額ではありません。
笹原教授自身も、Xのリアルデータの代わりにAIシミュレーション研究に切り替えざるを得なくなりました。
それでも「本物のSNSとは違う。
苦肉の策」と本人が認めています。
次世代の研究者育成の機会も失われ、博士課程の学生が研究テーマ変更を余儀なくされるケースも出てきました。

SNSマーケティングツールにも直撃した価格変動
学術研究だけの話と思ったら大間違いです。
X APIの有料化はSNSマーケティングの現場にも直接影響しています。
SocialDog代表の小西将史氏は2026年2月、X APIの従量課金変更についてこう投稿しました。
「読み取りは1/20に大幅値下げ、書き込みは1.5倍に値上げ。
ただしURL投稿は20倍に値上げ(1投稿30円!)。
フォローやいいね、引用投稿は廃止」
X APIの従量課金バージョンの値下げ・値上げ・一部廃止が発表された
— koni / 小西 将史 / SocialDog CEO (@koni) 2026年4月17日
・読み取りは1/20に大幅値下げ
・書き込みは1.5倍に値上げ
ただしURL投稿は20倍に値上げ(1投稿30円!)
・フォローやいいね、引用投稿は廃止… https://t.co/wOOeiE3J4c
この投稿は約2,000件のいいねを集めました。
SNS運用ツールを提供する企業のCEOが「廃止」という言葉を使って驚きを示すほど、X APIの仕様変動は激しいのです。
SocialDogは実際、X API有料化でいったん無料プランを廃止し、約3年かけてようやく復活させた経緯があります。
Xのデータに依存するマーケティングツールは、X社の料金設定に振り回される構造的なリスクを抱えています。
「ビジネスとして当然」という声もある
もちろん、API有料化を肯定する意見もあります。
笹川平和財団の濱西栄司教授は「ビジネスとして当然」と擁護し、プライバシー保護の観点からも支持しています。

確かに無制限の無料データアクセスは、悪用リスクと隣り合わせでした。
スパム業者や情報工作の主体がAPIを悪用する事例も報告されていました。
有料化によってアクセスを制限することには、一定の合理性もあります。
ただ、問題は「学術研究向けの例外的な仕組み」が実質的に機能しなくなっているという点です。
X Developer Platformには「学術研究向けAPI」のページは残っていますが、2026年時点でのアクセス条件は商業利用との差が曖昧になっています。
研究者が特別なルートで安価にデータを入手できる制度的な保障がないまま、個別交渉か高額支払いしか選択肢がない状況です。
さらに深掘りしたい方へ
- 無料→いきなり月800万円 Xのデータ有料化、情報工作追跡に影響(朝日新聞・Yahoo!ニュース)
- XのAPI超高額化が研究を凍結、情報工作の「見える化」に暗雲(BigGo Finance)
- 学術研究向けX API | X Developer Platform
SocialReport編集部の考察
「X APIの有料化は民間企業の話」と思っているSNS担当者は、視野を広げる必要があります。
学術研究者がXのデータを分析できなくなることは、SNS上の情報環境の「品質管理」が見えなくなることを意味します。
偽情報の拡散経路や炎上の構造を解明する研究が止まれば、プラットフォームの透明性に関するエビデンスが失われます。
SNS担当者がプラットフォームの仕様変更を判断するとき、学術的な裏付けはなくなっていくのです。
SocialReport視点で見ると、もう一つ重要な示唆があります。
X APIの価格構造はSNS分析ツール全体のコスト構造に直結します。
「SNS分析ツールを選ぶ際にX対応の安定性を確認すべき」というのは今後の標準的なチェック項目になるはずです。
Xのデータが高価になる世界で、SNS運用戦略はどう変わるのか。
今のうちに「X以外のデータソース」「Xデータに依存しない分析軸」を整えておくことが、これからのSNSマーケターの競争優位になるかもしれません。
まとめ
X APIの有料化は、学術研究を凍結させただけでなく、SNSマーケティングツールの価格と機能にも直接影響を与えています。
月数百万円という高額なデータアクセスコストの前に研究者が立ち往生している現状は、XをSNS戦略の中核に据えるすべての人にとって「他人事ではないリスク」として受け止めるべきでしょう。