米政府がClaudeの新モデルを止めた18日間に、中国AIが顧客を奪っていた
入力100万トークン(AIが処理する文字の単位)あたり1.40ドルと5ドル。
この価格差が、暗号資産取引所コインベースのAI活用コストを半分にしました。
差の正体は、米Anthropicの主力モデルと、中国発のAIモデルの利用料の開きです。
事の発端は2026年6月12日、米商務省がAnthropicに対し、公開直後の新モデル「Claude Fable 5」「Mythos 5」について、外国籍のユーザー全員へのアクセスを止めるよう輸出規制指令を出したことでした。
理由は、モデルの安全対策を回避する「ジェイルブレイク(AIに本来禁止されている出力をさせる手法)」が見つかり、サイバー攻撃に悪用されかねないという国家安全保障上の懸念です。
Anthropicは国籍ごとに選別してアクセスを制限することができず、結局すべてのユーザー向けにこの2モデルを停止する対応を取りました。
この約18日間の空白に、中国のDeepSeek、Zhipu AIのGLM、Moonshot AIのKimiといった格安AIが、米企業の間で急速に存在感を強めています。
Xで語られる「価格破壊」の実感
このニュースはX上で、投資家やAI関係者の間で繰り返し話題になっています。
マーケットアナリストのマーティン・バーサフスキー氏は、企業のAI移行が実験段階を超えていると指摘しました。
コインベースがAI業務の半分を中国製モデルに切り替え、請求額を半分にした。
25人規模のAIスタートアップLindyは、Anthropicへの依存をやめ、APIトラフィックの100%をDeepSeek V4に移した——実験ではなく、実際の利益を最適化するための経営判断だ、という趣旨の投稿です。
Coinbase just switched half its AI workload to Chinese models and cut its bill in half. Lindy moved 100 percent of its API traffic from Anthropic to DeepSeek V4. These are not experiments. These are production decisions by real companies optimizing real margins. DeepSeek V4 Pro…
— Martin Varsavsky (@martinvars) 2026年6月29日

一方、輸出規制の発表そのものもXで大きな反響を呼びました。
Anthropic公式アカウントは、米政府がFable 5とMythos 5について、社内の外国籍社員も含めた全外国籍ユーザーへのアクセス停止を命じたと説明し、この措置に至った経緯を説明しています。
The US government, citing national security authorities, has issued an export control directive to suspend all access to Fable 5 and Mythos 5 by any foreign national, whether inside or outside the United States, including foreign national Anthropic employees.
— Anthropic (@AnthropicAI) 2026年6月13日
The net effect of…
輸出規制という「国家の都合」で最先端モデルが止まった隙に、価格という「市場の都合」で顧客が流出する——この対比がXで注目を集めた理由といえそうです。
調べてみて分かったこと——価格差とシェア逆転の実態
一次情報を確認すると、価格差はかなり大きいものでした。
CoinbaseがデフォルトのモデルとしたZhipuのGLM 5.2は入力100万トークンあたり1.40ドルで、AnthropicのOpus 4.8(入力5ドル・出力25ドル)と比べて3〜6倍程度安い計算になります。
Coinbase CEOのブライアン・アームストロング氏は、自社のAI利用トークン量が過去最高を更新し続けているにもかかわらず、支払額はほぼ半分になったと明らかにしました。
社内のAIゲートウェイで用途ごとにモデルを自動振り分けし、あわせてキャッシュ(過去の処理結果を再利用する仕組み)のヒット率を5%から60%に高めたことも、コスト圧縮に寄与したとされています。
こうした動きはCoinbaseだけではありません。
報道によれば、Airbnb・Uber・Shopify・Snowflakeなども、定型的な処理を中心に中国製モデルの採用を進めているとされています。
AI開発プラットフォームのOpenRouterが公開したデータでは、2025年6月時点で米国製モデルが全体利用量の74%を占めていたのに対し、2026年6月末には米国20%・中国48%へと逆転していました。
呼び出し回数の上位5モデルのうち4つを、MiniMax・Kimi・GLM・DeepSeekの中国勢が占めたとも報じられています。

一方で懸念の声も出ています。
中国のAI企業は国内法上、政府からのデータ提供要請に協力する義務を負うとされ、実際にDeepSeekのコードから中国の通信会社にユーザーデータを送信する仕組みが見つかったとの指摘もありました。
安全性検証を回避しやすい脆弱性が残っているとの報告もあり、米国・台湾・韓国・イタリア・オーストラリアなどの政府機関では、業務端末での利用を制限する動きも出ています。
投資家の間では、AIモデルの性能差が縮まり「コモディティ化(同質化して価格競争に陥ること)」が進むことへの警戒感も強まっているようです。
なお、輸出規制自体は2026年6月30日に米商務省が解除し、Anthropicは翌日からアクセス復旧を始めたと発表しています。
ただ、この間に企業側が味わった「使えるモデルが突然消える」経験は、コスト以外の判断材料としても残ったようです。
さらに深掘りしたい方へ
公式発表・報道の一次情報も参考にしてください。
- Anthropic公式:Fable 5・Mythos 5アクセス停止に関する声明
- Forbes:輸出規制の経緯まとめ
- CNBC:輸出規制解除の報道
- the-decoder:Coinbaseの中国AI移行についての解説記事
Shiritomo編集部の考察
今回の件は、SNS上のバズが実際の企業行動と地続きになっている好例だと感じます。
バーサフスキー氏の投稿が拡散した背景には、単なる価格情報ではなく「実名の大手企業が動いた」という具体性があります。
SNS運用の現場でも、抽象的な数字よりも「どの企業が・いくら浮いたか」という固有名詞付きの事例の方が拡散しやすい傾向は共通しているといえるでしょう。
また、輸出規制のような突発的な供給停止リスクは、SNSでの情報発信においても「特定サービス・特定モデルへの一本足打法」がリスクになり得ることを示しています。
AI活用を前提にした運用体制を組む企業は、コストだけでなく可用性の観点からも複数の選択肢を持つ設計を検討する価値がありそうです。
まとめ
輸出規制という予期しない障害と、価格という分かりやすい誘因が重なったことで、企業のAI選定は「性能一辺倒」から「コストと安定性を含めた総合判断」へと重心を移しつつあるようです。
この流れが一時的なものか、業界構造の転換点になるのか、今後の動向を引き続き追っていきたいと思います。

