「新しい順」ボタンが消えるXで、”アルゴリズムを切る権利”をオーストラリアが法律にする理由
「利用者に選択肢を与え、大手テック企業に不作為の責任を負わせるものだ」。
オーストラリアのアルバニージー首相が2026年9月8日、こう言い切りました。
発表されたのは、SNSの「おすすめ」アルゴリズムをオフにし、フォローしているアカウントの投稿だけを時系列で見られる権利を、法律で保障するという法案です。
X・Instagram・TikTokを仕事で運用している人にとっても、個人で使いこなしたい人にとっても、対岸の火事では済みません。
日本のXにも実はよく似た仕組みがすでにあるのに、最近になって「使いたくても使えない」という声が広がっているからです。
先に結論をまとめると:
– オーストラリア政府は、16歳以上のSNS利用者が「おすすめ」アルゴリズムをオフにできる権利を義務化する法案「My Feed, My Way」を発表しました
– 違反した企業には最大1億920万豪ドル(記事執筆時点のレート換算で約121億円)の罰金が科される可能性があります
– 日本のXにも「フォロー中」タブに時系列表示へ切り替える機能がすでにありますが、2026年2月ごろから「新しい順」ボタンが消える不具合が相次いで報告されています
なぜ今、「アルゴリズムを切る」ことが法律の話になったのか
共同通信の報道によると、オーストラリア政府が公表した法草案は、SNS運営企業に対し、16歳以上の利用者がアルゴリズムによる「おすすめ」表示を使うかどうかを選べるようにすることを義務づける内容です。
目的は依存防止で、政府は年内の法案提出を目指しています。
米メディアの報道を確認すると、この取り組みには「My Feed, My Way」という名前が付いています。
プラットフォームは新規・既存を問わず全利用者に対し、アルゴリズムがおすすめするフィードにするか、フォロー先の投稿だけを見るフィードにするかを選ばせる通知を送ることが義務化される見込みです。
同時に、摂食障害を助長する投稿や女性蔑視的な内容、危険な行為の動画など、子どもに深刻な精神的被害を与えかねないコンテンツを制限する条項も含まれています。
この規制は唐突に出てきたわけではありません。
オーストラリアは2025年12月、16歳未満のSNS利用を禁止する世界初の法律をすでに施行しています。
2026年4月には、規制当局がMeta・Snapchat・TikTok・YouTubeに対し、子ども保護の対応が不十分だとして提訴も検討したと報じられました。
今回の「アルゴリズムを切る権利」は、その延長線上にある一手というわけです。
ただ、海の向こうの法律の話だけで終わらせるには、少し気になる符合があります。
日本のXにも、実は「時系列に戻す」機能がある
Xの「フォロー中」タブには、2025年11月から「新しい順」と「人気順」を選べる並び替え機能がすでに搭載されています。
Grok(Xの生成AI)が投稿をランク付けする「人気順」がデフォルトになっているため、従来どおりの時系列表示に戻したい場合は、タブ上部の下向き矢印から「新しい順」を選び直す必要があります。
ところが2026年2月ごろから、この「新しい順」に切り替えるボタン自体が表示されなくなる、あるいは選び直してもいつの間にか「人気順」に戻ってしまうという報告がユーザーの間で相次いでいます。
運営側から不具合として正式にアナウンスされたわけではなく、あくまで利用者側からの体感的な報告にとどまっている点には注意が必要ですが、「時系列で見たいのに見られない」という不満は、オーストラリアが法律で解消しようとしている不満と、根っこの部分でよく似ています。
SNS運用の現場で「フォロー中タブの表示が不安定で、投稿を届けたい相手に届いているか読みにくい」と感じている方は、Xのヘルプセンターで並び替え設定の最新の仕様を確認しておくと安心です。
Shiritomo編集部の考察:リーチ設計を「おすすめ頼み」にしない備えを
今回の法案がオーストラリア国内にとどまる限り、日本のSNS運用に直接の影響はありません。
ただ、EUや米国の一部でもアルゴリズム規制の議論が続いており、「おすすめ表示に自社の投稿がどう乗るか」だけに依存したリーチ設計は、中長期ではリスクになり得ます。
具体的には、フォロワーとの直接的なエンゲージメント(返信・保存・リスト登録など、アルゴリズムに左右されにくい行動)を地道に増やしておくことが、こうした規制強化に対する一番の備えになります。
フォロー関係そのものが資産になる時代が、静かに近づいているのかもしれません。
まとめ
オーストラリアの「アルゴリズムを切る権利」の法制化は、依存防止を目的とした規制強化の延長線上にある動きです。
日本のXでも似た機能がすでに存在するのに使いにくくなっているという現実は、この議論が決して遠い国だけの話ではないことを示しています。

