AIモデルは1つの数字でバレる? 「指紋」技術が暴くモデルすり替え問題
「1から100の間でランダムな数字を言って」。
この一言をAIチャットボットに投げかけるだけで、応え手がどのモデルなのかがかなりの精度で分かる——そんな研究が2026年7月11日に公開されました。
プラハ経済大学のトマーシュ・ブルックナー(Tomáš Bruckner)准教授が発表した論文は、165個のAIモデルにこの質問を繰り返し投げ、返ってくる数字の「偏り」を集めるだけでモデルを識別できることを示しています。
使ったのはたった1トークン(AIが出力する文字や単語の最小単位)分の回答だけ。
165モデル分の調査費用は34.44ドル、日本円にして5000円弱でした。
AI企業が「うちの高性能モデルです」とうたいながら、実は裏側で別の(あるいは安価な)モデルを動かしている——そんな”すり替え”を、利用者側が検証する手段はこれまでほとんどありませんでした。
この研究は、そんな業界の死角を突くシンプルな監査ツールとして注目を集めています。
AI関連サービスを選ぶ側にとっても、自分が本当に契約通りのモデルを使えているかを確かめる手がかりになりそうです。
先に結論をまとめると:
– プラハ経済大学の准教授が、AIモデルに「1〜100のランダムな数字」を繰り返し聞くだけでモデルを識別できる論文を公開しました
– Claude Sonnet 5は「47」、Qwen3-Maxは「42」にほぼ集中するなど、モデルごとの数字の偏り=「指紋」がはっきり異なります
– 副産物として、Writer社の看板モデルpalmyra-x5が、オープンウェイト(誰でもモデルの中身をダウンロードして使える形式)のQwen系モデルと統計的に区別できない事例が見つかりました

AIの回答に「クセ」があるって本当?
この研究がX上で紹介されると、大きな反響がありました。
要点は「AIモデルごとに、ランダムな数字を答えさせたときの分布が全く違う」というシンプルな事実です。
「1から100の間でランダムな数字を言って」と繰り返し聞くだけでモデルを特定できる、という論文を紹介したこの投稿は、1300件を超えるいいねを集めました。
「"1から100の間でランダムな数字を言って"と何度も聞くだけで、どのLLMか特定できる」という論文が出ています。
— AIDB (@ai_database) 2026年7月19日
モデルごとに答えの偏りがまったく違うため、たった1トークンでそれが指紋になるとのこと。
たとえばClaude Sonnet 5は47に集中しがちで、Qwen3-Maxは42に集中するそうです。… pic.twitter.com/4Ud8LVPiAu
考えてみれば、AIは「ランダム」に数字を選んでいるはずなのに、実際にはモデルごとに特定の数字へ強く偏るというのは意外な話です。
LLM(大規模言語モデル:文章の生成や対話を行うAI技術)は本来サイコロのように公平にランダムな出力をするわけではなく、学習データやチューニングの過程でクセが染み付いているというわけです。
ただ、この偏りが本当にモデルの識別に使えるほど安定しているのか、ツイート1件だけでは判断がつきません。
そこで論文の中身と、実際に検証してみた人の投稿を確かめてみました。
調べて分かったこと
論文は実際に何を調べたのか?
論文のタイトルは「One Token Is Enough: Fingerprinting and Verifying Large Language Models from Single-Token Output Distributions(1トークンで十分:単一トークン出力分布によるLLMの指紋認証と検証)」です。
ブルックナー准教授は、OpenRouter(複数のAI企業のモデルをまとめて呼び出せるサービス)を経由して165種類のモデルに「1〜100のランダムな数字を1つ答えて」といった単純な問いを繰り返し投げ、返ってきた数字の分布を集計しました。
論文で示された例によると、GPT-4oは37〜57の範囲に分散して答える一方、Claude Sonnet 5は「47」に強く集中し、Qwen3-Maxは「42」をほぼ毎回選ぶという結果が出ています。
Llama 3.3も特定の数字(53)への集中が見られたとのことです。
この「答えの偏り方」自体が、指紋のようにモデルごとに固有だという発想です。
実際にX上でも、この現象を自分の手で確かめた投稿がありました。

Claude(Opus 4.8)に40回同じ質問を繰り返したところ、9割近い回答が2つの数字に集中したという再現実験です。
Claude(Opus 4.8)に「1〜100で乱数を1つ」を40回聞いてみた結果がこちら👇
— 高木英樹/租税法研究/税理士・教員/taxlaw-study (@TaxlawStudy) 2026年7月19日
47 ██████████ 19回 (48%)
73 █████████░ 17回 (42%)
42 █ 2回
37 ▏ 1回
44 ▏ 1回
なんと約9割が「47」と「73」の2つだけ。… https://t.co/wZGoPiwACE pic.twitter.com/tTcKgEbk4P
投稿によれば47と73の2つの数字だけで約9割を占めたとのことで、論文が示した「特定の数字への強い偏り」という傾向を裏付ける結果になっています。
モデルのバージョンや実験のタイミングによって偏る数字自体は変わり得るものの、「ランダムなはずの回答が、実際には少数の数字に偏る」という性質そのものは複数のモデルで確認できそうです。
なぜ「1トークン」だけで見分けられるのか?
なぜこんなに簡単な質問だけでモデルを見分けられるのでしょうか。
論文では、1トークンの答えの分布には、トークナイザー(文章を単語や記号の単位に分割する仕組み)による区切り方の違い、事前学習データに含まれる数字の出現頻度、instruction tuning(人間の指示に従いやすくする追加学習)やpreference optimization(人間の好みに合わせて出力を調整する処理)による偏りなど、モデル構築の複数の層の情報が集約されていると説明されています。
量子化(モデルのデータ量を圧縮する処理)や蒸留(大きなモデルの知識を小さなモデルに移す処理)を行うと、この偏り方にも微妙な変化が出るため、サービス提供側で使うインフラの違いにはあまり影響されず、モデル自体が入れ替わったときだけ敏感に反応するという性質があるようです。
なぜこれが業界にとって重要なのか?
この技術が注目される最大の理由は、AI業界で実際に起きている「モデルすり替え」問題への監査手段になり得る点です。
クラウド経由でAIを利用する場合、利用者は契約したはずのモデルが本当に裏側で動いているかを直接確かめる手段を持っていません。
コストを抑えるために、契約上の高性能モデルではなく安価な軽量モデルにこっそり差し替えて提供する、といった不正が起きても、外部からは気づきにくいのが実情です。
論文では、同じモデルを複数の提供事業者(プロバイダ)経由で呼び出して比較する検証も行われており、34ペアのうち10ペア(約29%)で、通常の誤差の範囲を超えた分布の乖離が確認されたと報告されています。
さらに象徴的な事例として、Writer社の主力モデルとされるpalmyra-x5が、オープンウェイトのQwen系モデルと統計的にほとんど区別がつかない分布を示したことも分かりました。
継続的な監査にかかるコストも1回あたり数セント程度とごく低額で済むため、企業がモデルの提供実態を継続的にチェックする仕組みとしても現実的だと言えそうです。
Shiritomo編集部の考察:AI活用者が明日からできること
この研究が示すのは、AIの「言葉づかい」だけでなく「数字の選び方」もモデル固有の情報になり得るという発想の転換です。
SNS運用やコンテンツ制作でAIを活用している方にとっても、自社が使っているAPIサービスが本当に想定通りのモデルで動いているかを、簡易的に検算する手段として応用できる可能性があります。
たとえば複数のAIサービスを併用している場合、同じ質問を繰り返し投げて回答の傾向を記録しておけば、ある日突然モデルが変わっていないかを自分でチェックできるかもしれません。
もちろんこの手法単体でモデルを断定するのは難しく、あくまで異常の兆候をつかむ一次スクリーニングとして捉えるのが現実的でしょう。
今後、AIサービスの選定や契約更新の際に「モデルの実態確認」という視点が加わっていく可能性がありそうです。
まとめ
「ランダムな数字を1つ答えて」というシンプルな問いかけが、AIモデルの正体を見抜く手がかりになるという今回の研究は、AIサービスの透明性を高める新しい視点を提供しています。
低コストで実行できる分、今後こうした監査手法が業界標準の一部として広がっていくのか、引き続き注目したいところです。
さらに深掘りしたい方へ
今回取り上げた論文の一次情報は、以下から確認できます。