深夜3時、古書店に鳴り止まない注文音 欧州で広がるAI企業の「本の大量購入」疑惑
午前3時から5時のあいだに、注文がまとまって届く——ドイツ・フライブルクの古書店主トーマス・マリア・ノネンマッハー氏は、ここ数週間そんな異変に見舞われていました。
バルセロナの古書店フェニックスでは、何年も棚に眠っていたカタルーニャ語(スペイン・カタルーニャ地方の言語)のニッチなエッセイ集が、まとめて注文される事態も起きています。
SNSやAIサービスを日常的に使う人にとっても、「自分の読んだ本や好きな著者の作品が、知らないうちにAIの学習材料になっているかもしれない」という話は他人事ではなさそうです。
きっかけはカナダの企業ズーム・ブックスによる、欧州各地の古書店への大量注文でした。
クーリエ・ジャポンが報じたこの一件は、SNS上で「文化の破壊だ」という怒りの声とともに拡散しています。
先に結論をまとめると:
– カナダのズーム・ブックスが欧州の古書店から絶版本・ニッチな本を大量注文し、書店主たちが「AI学習用にスキャンして廃棄しているのでは」と疑いの声を上げています
– 同社は「AI学習のために本を破棄したことは一度もない」と否定し、余剰在庫のリサイクル事業だと説明しています
– 背景にはAnthropicが過去に実施していた「プロジェクト・パナマ」という、数百万冊規模の本を購入・スキャン後に廃棄していた事例があり、今回の疑惑と重ねて語られています
何が起きているのか
クーリエ・ジャポンの報道によれば、発端は今年5月ごろから欧州各地の古書店に相次いだ、ズーム・ブックスからの大量注文でした。
スペイン・バルセロナの古書店フェニックスでは、カタルーニャ語で書かれた専門的なエッセイなど、長年売れ残っていた商業価値の低い本がまとめて買われていったといいます。
ドイツでもローラッハの古書店主クラウス・トレーガー氏が「みんな何が起きているのか困惑している」と語り、フライブルクのノネンマッハー氏は数週間にわたって深夜0時から6時のあいだに波状的に大量注文が届いていたと証言しています。
アメリカ、ニュージーランド、オーストラリアの古書店でも、1000冊を超えるような注文が確認されており、その多くが絶版本だったそうです。

書店主たちが不審に思ったのは、注文のパターンそのものでした。
通常、古書のコレクターや業者は特定のジャンルや著者に絞って買い付けます。
ところが今回の注文は、一貫性のない専門書や学術書が中心で、転売による利益が出るとは思えないものが大半だったといいます。
そこで浮上したのが「本を裁断してページを高速スキャンし、AIの学習データにしたあと、本自体は処分しているのではないか」という疑いです。
この「破壊的スキャン」と呼ばれる手法は、後述するAnthropicの過去の事例で実際に使われていたものと同じ手口でした。
Xでもこの話題は早速反応を呼んでいて、Anthropicの過去事例を引き合いに出す投稿が大きく伸びています。
シュバババ!今AIに中古本を食わせて廃棄した話をしましたか?ぜひ悪名高きプロジェクト・パナマもどうぞ!
— mitai🌸🍉🌻 (@migodayo_) 2026年7月19日
Anthropicが数百万冊もの中古本をClaudeの学習用に食わせたあと廃棄しました!彼らは世界中の本でこれをやりたいそうです。
ワシントンポストの記事はこちら👇️https://t.co/fInHUCYjdc https://t.co/EFVNURIPiZ
投稿にもある通り、Anthropicが数百万冊規模の中古本を学習用に使ったあと廃棄していたという「プロジェクト・パナマ」の一件は、ワシントン・ポストの報道で明るみに出た話です。
ただ、これは今年1月の話であり、今回の欧州古書店の騒動とは時期も企業も別物です。
両者がどこまで関係しているのか、そしてズーム・ブックス自身は何を主張しているのか、一次情報を確認してみました。

ズーム・ブックスは何と説明しているのか
出版業界向けニュースレターPublishers Lunchの報道によると、ズーム・ブックスは疑惑について「使用済みの本や新品の本を、AIモデルの学習目的で、あるいはその他いかなる目的であってもデジタル化・破棄したことは一切ない」と明確に否定しています。
同社はスペインメディアの報道内容を「事実に反する」として真っ向から否定し、購入している本はあくまで「通常のリサイクル・卸売事業の一環」だと説明しています。
一方で気になる点も見つかりました。
ドイツのメディアDr. Webの報道では、ズーム・ブックス自身が自社サイト上で「AI学習プログラム向けに、適法に取得した中古本を供給する」「請求書付き・状態別に仕分け」とうたっていたことが指摘されています。
さらに、削除済みとされる同社のブログ記事には「AI学習用に中古本を調達する方法:大量購入ガイド」というタイトルのものがあったとも報じられています。
公式の否定と、過去の自社発信の内容が食い違って見える点は、疑惑がくすぶり続ける一因になっているようです。
なお、同社は希少本や貴重書については買い付けの対象外としているとも説明しており、価値の低い余剰在庫の処分先を探している売り手側の需要に応えているだけだ、という立場のようです。
Anthropicの「プロジェクト・パナマ」とは何だったのか
今回の騒動でたびたび引き合いに出されるのが、Anthropicが実施していた「プロジェクト・パナマ」です。
ワシントン・ポストが今年1月27日に報じたところによると、Anthropicは2024年初頭から、世界中の本を「破壊的スキャン」する計画を進めていました。
裁判資料として開示された社内文書には「このプロジェクトを進めていることを知られたくない」という記述もあったといいます。
具体的には、油圧式の裁断機で本の背表紙を切り離し、ページを高速の業務用スキャナーで読み取ったうえで、物理的な本自体はリサイクルに回すという方法です。
半年ほどの期間で50万冊から200万冊規模の本がこの対象になったと報じられています。
この件を審理した裁判官は、適法に購入した本を学習データ化するための破壊的スキャンについて「変容的利用(フェアユース)にあたる」と判断しました。
一方でAnthropicは、海賊版データを学習に使っていた別の問題について、2025年に15億ドル(約2300億円)規模の和解金を支払うことでも合意しており、ここは切り分けて理解する必要がありそうです。
なぜ今、欧州の古書店で同じ構図が疑われているのか
ズーム・ブックスの一件が「プロジェクト・パナマの再来では」と受け止められた背景には、購入パターンの類似性があります。
転売目的とは思えない量とジャンルの本を、短期間にまとめて買い集める——という手口が共通していたためです。
ただし現時点で、ズーム・ブックスとAnthropicのあいだに直接的な資本関係や業務提携があるという証拠は確認できていません。
あくまで「似たような買い付け方をする企業が現れた」という段階であり、断定的に同一視するのは早計と言えそうです。
Shiritomo編集部の考察:情報の「出どころ」を疑う視点を持つ
今回の一件が示しているのは、AIの学習データがどこから来ているのか、供給網の末端まで追跡するのが極めて難しいという現実です。
SNS上の怒りの多くは「文化的に価値のあるニッチな本が、企業の利益のために闇に葬られている」という点に向いていますが、実はそれ以上に注目すべきなのは、企業側の説明責任の果たし方だと感じます。
ズーム・ブックスのように「否定はするが、過去の自社発信とは矛盾がある」というケースは、企業がAI関連の事業を語るときに、後から検証可能な形で情報を残しておくことの重要性を裏付けています。
SNS運用やコンテンツ発信に携わる立場からすると、自社の過去の発信(削除したブログ記事も含めて)は魚拓(アーカイブ)を取られて検証対象になる、という前提で情報を出す姿勢が今後ますます求められるでしょう。
またAnthropicの事例のように、法的には「フェアユース」と認められても、世間の受け止め方は別問題として炎上しうる、という点もSNS上の危機管理として押さえておきたいポイントです。
まとめ
欧州の古書店で相次いだ大量注文は、ズーム・ブックス自身が否定する一方で、過去の自社発信との食い違いから疑いが完全には晴れていません。
Anthropicの「プロジェクト・パナマ」という前例がある以上、AIと本の関係、そして著作権をめぐる議論はこれからも続いていきそうです。
さらに深掘りしたい方へ
- Anthropic ‘destructively’ scanned millions of books to build Claude(The Washington Post)
- Canadian Company Zoom Books Is Buying Out Of Print Books For AI Scraping(Publishers Lunch)
- Zoom Books Responds To Accusations of Selling Books For AI Scraping(Publishers Lunch)
- Rare book dealers fear tech firms are destroying obscure editions to train AI models(NL Times)